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日本史(外交史概略)V 幕末〜明治 18世紀になるとヨーロッパ諸国は産業革命が起こり、各国は新しい市場と植民地を求めてアジアに押し寄せた。日本もその標的にされた。まず来訪したのはロシアであった。ロシアは1792年エステリーナ女帝が大黒屋光太夫らとともにラックスマンを根室に、1804年にはレザノフが遣日全権大使として長崎に派遣し通商を要求した。幕府は鎖国を理由にこれを拒否したが、1811年にはゴローニンが無断で国後近辺に侵入し幕府に逮捕される事件が勃発した。この事件を機に日本とロシアの間には何度か交渉が行われたが国交開始には至らなかった。なお、帰国したゴローニンはこの時の体験をもとに『日本幽囚記』を執筆、これは各国語に翻訳されてヨーロッパで広く読まれている。 次にイギリスが1808年にフェートン号をオランダ船に偽装させて長崎に侵入させた。フェートン号の乗組員は出島のオランダ人らを人質にし長崎奉行松平康英らを脅迫した。要求は軽微なもので数日で立ち去ったが、康英や周辺の警固に従事していた鍋島藩家老等が責任をとって切腹、重大事件となった。その後もイギリス船の出現は1818年にゴルドンが浦賀に、1824には常陸国(茨城)と相次ぎ、ついに幕府は1825年に異国船打払令を発令することになる。 そしてアメリカも次いで日本に来訪した。1837年、日本人漂流民を保護し返還しようと江戸湾に入った商船モリソン号が異国船打払令に基づいて浦賀奉行所によって砲撃されるという事件が勃発。1846年にはビッドルが浦賀に来航し通商を求めたが幕府はこれをかろうじて拒絶した。しかし1853年、ペリー提督率いる米海軍東インド艦隊の4隻の軍艦が、日本の江戸湾浦賀に来航した黒船来航事件は日本に大きな改革を促した。また同時期にロシアのプチャーチンも長崎に来航。開国を迫られた徳川幕府はついに鎖国を解除するに至った。 1856年下田にアメリカの駐日総領事ハリスが着任し、幕府はアメリカと日米修好通商条約を結んだ。この条約は一方的な最恵国待遇・居留地制・領事裁判権・協定関税制など不平等な条項が盛り込まれ、日本は1911年まで治外法権と安い外国製品の流入に苦しめられる結果となった。 開国の結果、アメリカ以外に英仏露など列強各国がこぞって日本にやって来て横浜などに居留した。当初は日本は外国商人との貿易が中心となり、綿糸・織物・金属・武器・砂糖・薬品などを主に輸入、絹生糸・茶などを輸出した。こうした盛んな貿易は諸物価の高騰や流通制度など日本経済に大混乱を招き、庶民の生活を圧迫し始めた。庶民や武士らの不満はやがて尊皇攘夷思想を芽生えさせ、倒幕運動へと発展して行った。 幕府はこうした動きに対して大老井伊直弼らは厳しく取り締まり、安政の大獄などを行ったが、逆に尊皇派は井伊を桜田門外で暗殺。権威を著しく失った幕府は朝廷と公武合体を図り融和策を取る。 しかし、薩英戦争、英米仏蘭の四国艦隊下関砲撃事件などを経て欧米諸国の強大さを実感した長州藩は幕府を早急に倒し、天皇を中心とした中央集権国家を作る必要性を強く感じた。長州は志を同じくする薩摩藩と薩長同盟を結び、本格的な倒幕運動を目指した。また、土佐藩は朝廷と徳川家の連合政権構想し、将軍徳川慶喜に大政奉還を勧めた。慶喜はこれを受諾し、1867年12月には王政復古の大号令が発せられ、ついに徳川幕府はが倒れ新政府が樹立した。しかし佐幕派によって慶喜の入閣が実現しそうになるとそれを阻止しようとする討幕派との間に激しい対立が巻き起こり、鳥羽・伏見で旧幕府軍と新政府軍(官軍)が激突した。欧米各国が提供した大砲などの新兵器に旧幕府軍は無残に撃退され、慶喜は降伏、勝海舟と西郷隆盛の会談により、江戸城は無血開城された。その後も上野の彰義隊、会津藩や長岡藩、蝦夷五稜郭などで官軍に対する激しい抵抗が行われたが、それらはすべて鎮圧されこうした一連の戦争は戊辰戦争と呼ばれ多くの犠牲を払ったがついに終結、1868年、明治維新を迎えることになる。 明治維新は日本に劇的な変化を齎した。旧薩長藩の藩士らが中心となって作られた中央集権政府は、旧態を破壊し、欧米列強の侵略を防ぐための政策を急速に進める必要があった。廃刀令などによって身分制度の廃止、地方政治の新体制化(廃藩置県)、税制・土地制度の改革(地租改正)などを行う一方、憲法・裁判制・国会・政治・経済・教育・軍制などの建て直しを図った。しかし、多くは先行していた欧米各国の制度から学ばねばならなかった。政府は各国に呼びかけ、優秀な人材をどんどん日本に招き入れて進んだ学問や文明を取り入れた。その時来日した人々はお雇い外国人と呼ばれ、宣教師・商人の他、政治家・学者・教育者・医者・ジャーナリストなど多岐に渡り、様々な分野で大きな功績を残し日本の近代化に貢献した。 お雇い外国人の詳細はこちらへ。 | |||||||
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