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外国曲に描かれた日本とは!?日本を歌った外国曲パート1

日本または日本人にまつわる曲、人、レコードジャケットなどを集めました。ただし順不同です。
最初にアーティスト名、『』は曲名。イタリック体(斜体)はアルバム名。
外国で活躍する日本人音楽家&関係者リストはこちら

索引

パート1


スパークス
『キモノマイハウス』

元々アメリカのロックバンドでトッド・ラングレンがプロデュースを担当したことがあったが、イギリスに渡ってこのアルバムを発表し、大ヒット。一躍世界に名を知られるようになった。
Sparks - Kimono My House

これは珍品!

 Sparks - This Town Ain't Big Enough (TV Live on TOTP 1975)

ディープ・パープル
『ライブ・イン・ジャパン』
『ハイウエイ・スター』

日本では『ライブ・イン・ジャパン』として知られる傑作アルバム。英米でも『MADE IN JAPAN』として発表され大ヒットした。ヴォ−カルのイアン・ギランがリッチ−のギターソロに入る直前に卑猥な言葉を呟いている。日本人関係者(飲みに行った時の店の人?)から教わった言葉だそうだ。「OH! MAN GO!」の空耳ではなかったのだ。リッチーはこのソロで寺内タケシのコピーを試みたが難しくて失敗したとのことだ。そういえば似ている部分がある(ピッキングによるトレモロ奏法?)。
ディープ・パープル
『ライブ・イン・ジャパン』
『レイジー』

この名盤の中でバンドの(特にキーボードとギターの)技術の高さもハッキリ出ている曲だと思う。リッチー・ブラックモアのギターテクニックの柔軟性というか耳の良ところ、センスというか、ユーモアというか、とにかく彼の音楽性の広いところが良く分かる曲。R&Bやジャズ系アドリブが多いこの曲の間奏で、リッチーがNHKの『きょうの料理』のテーマをほんのワンフレーズ演奏する。 この曲は冨田勲が40年ほど前に(なんと初放送の前日に頼まれて30分で)作ったという。日本人なら知らぬ人はいないこの名曲が、今からおよそ30年前のパープルのライブで演奏されてこんなに盛り上がってるなんて。
当時の日本人オーディエンスはなかなかかっこいいと思う。 最近NHKで「フォーク・クルセダーズ」再結成コンサートが放送され、 その中で加藤和彦&坂崎幸之助がこの曲をカバーしているのを見て、思い出しました。ただし、この曲は、調べたらアルヴェーン作曲『スウェーデン狂詩曲第1番夏の徹夜曲』に似ているとのことで(僕は残念ながら聞いたことがありません)、クラシック系のリッチーは、実はこっちの方をコピーしてたという噂があります。

Deep Purple - Nobody's Perfect - Live 1987 (Expanded Edition) - Lazy

参考書:ディープ・パープル―ブリティッシュ・ロックの王者:紫神(デイープパープル)

こっちはMADE IN JAPAN
ディープ・パープル
『紫の肖像/Who Do We Think We Are!』
『ウーマン・フロム・トーキョー』

ディープ・パープルは日本好きだねえ。本当にサービスがいい。
Deep Purple - Nobody's Perfect - Live 1987 (Expanded Edition) - Woman from Tokyo

赤紫の炎 様から
「そういえば、ハード・ロック・グループDEEP PURPLEの『WOMAN FROM TOKYO』って誰かモデルになった人居るんでしょうかね?

という質問をいただきましたが残念ながら情報がありません。どなたか詳しい方教えて下さい。
この曲についてはちょっと前に直訳ロックの「王様」が『深紫伝説』で「俺の彼女は東京出身〜新しい伝統を持ってる〜♪」などと歌っていた。
トミー・ボーリン
『PRIVATE EYES(1976)』

ジャケットは富墓林の文字。平安調の女性?も
リッチー・ブラックモアの後にディープ・パープルに加入した才能あるギタリストだったが、早死にした。
とにかくこの人のギターワーク、僕は大好き!パープルの新境地を切り開いたアルバム『カム・テイスト・ザ・バンド』で聞かせるギターカッティング、リフのセンスにぞっこんでした。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20061225
公式サイト
http://www.tbolin.com/
レッド・ツェッペリン
『フィジカル・グラフィテイ』

残念ながらCDではわからないが、オリジナルレコードジャケットは建物の窓のところがくり抜かれていて、その内側に写真などが見えるようになっていた。その写真の何枚かにZEPのメンバーが着物を着て写っているのがある。これは初来日時の写真。(宿泊したホテルをメチャクチャにするなど数々の悪行が伝説となっている)その時、京都かどこかで酒飲んで騒いで撮ったものだそうだ。一時雑誌や某DJによってまことしやかに囁かれたジミ−・ペイジの母は日本人」説は全くのデマ。

Paul Dianno - World's Greatest Metal Tribute to Led Zeppelin - Kashmir

僕がこのアルバムの曲で一番好きなのはこれ。  The Wanton Song - Led Zeppelin

http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20061028



参考書:『レッド・ツェッペリン (全曲解説シリーズ)』、『地球音楽ライブラリー レッドツェッペリン (地球音楽ライブラリー)』、豪華本『レッド・ツェッペリン セレブレーション
エアロスミス
『ジャスト・プッシュ・プレイ』
2001

ジャケット・デザインのイラストは空山基。エアブラシを使った金属の描写、色っぽいロボットキャラで世界的に有名。

Aerosmith



参考書:『エアロスミス・ファイル (Artist file (08))』、『WALK THIS WAY―エアロスミス自伝』、『G.R.S/エアロスミス全曲解説 (グレイト・ロック・シリーズ)』、『エアロスミス/Walk This Way
エリック・クラプトン
『ピルグリム』

ロックギターの神様。
ジャケットは『エヴァンゲリオン』のキャラ原画を手がけた貞本義行が担当。クラプトン様が本屋で貞本義行のイラスト集を見て気に入り、彼自らジャケットデザインを依頼した。
また、2005年、愛・地球博のテーマソングとして作詞、作曲を手がけた『Say What You Will』は、SMAPが『友達へ〜Say What You Will〜』としてカヴァーし大ヒットした。『バッド・ラブ』をフューチャーしたCM出演はこちら。とんかつが大好物で来日時は毎日のように召し上がっているそうです。

Eric Clapton



クラプトン様におかれましてはこちらにも

参考書は多数:『地球音楽ライブラリー エリッククラプトン (地球音楽ライブラリー)』、伝記・評伝は『エリック・クラプトン―スローハンド伝説』、『エリッククラプトン/コンプリートクロニクル 保存版』、『エリック・クラプトン・ストーリー』、『クリーム―STRANGE BREW』、インタビュー・証言集は『エリック・クラプトン―イン・ヒズ・オウン・ワーズ』、『エリック・クラプトンの軌跡―自らの証言で綴るサウンドの秘密』『エリッククラプトン/レコーディングセッション
10CC
『ブラディ・ツーリスト』
『TOKYO』

ハイテクと日本的情緒が混在した東京のイメージをメロディアスに歌い上げている。このアルバムはエキゾチックなメロディ、レゲエもありとバラエティに富んでいて僕はすごく好きな一枚。

10cc
ザ・ビートルズ

ザ・ビートルズ公式サイトはこちら

『リボルバー』

日本公演の時、ホテルに缶詰め状態のザ・ビートルズ。ホテルの窓から外を見ると、警備していた警官の持っていた拳銃が眼に留まった。それがリボルバーだった。それで新しいアルバムタイトルに起用した。ポールのアイデア。因みにジャケットデザインはハンブルク時代の友人でデザイナー、のちにプラスティック・オノ・バンドでベースを担当するクラウス・ブーアマン。

来日記者会見について

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060629

ザ・ビートルズ
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』

ロック史上最高といわれる名盤の、あまりにも有名なジャケット。ヤング・ビートルズの足下にそう、「福助人形」が!
この福助は来日時にお土産として買ったもので、東京ヒルトンの部屋でジョン・レノンは一緒に記念撮影している。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060630

ザ・ビートルズ
『ジョンとヨーコのバラード』
1969

どうしても小野洋子(ヨーコ・オノ)がからむのだ。この曲は、リンゴ・スターが映画撮影(『マジック・クリスチャン』)、ジョージが旅行中のためジョンとポールだけでレコーディングされた。後のジョンとポールの確執を思うと実に皮肉だ。
The Apples - Tribute to the Beatles - The Ballad of John and Yoko

ジョンとヨーコのバラード
ザ・ビートルズ
『ホワイトアルバム』

『ジュリア』

どうしても小野洋子がからむのだ。歌詞の『オーシャンチャイルド』は洋子のこと。(洋=OCEAN、子=CHILDね)

ザ・ビートルズ
『アビーロード』

『カム・トゥゲザー』

どうしても小野洋子がからむのだ(しつこい)。歌詞の「オノ」とは斧=小野のしゃれだとのこと。

ビートルズ関連資料

全集・入門書・全曲紹介・事典
THE BEATLESアンソロジー』(オフィシャルガイド)
ビートルズパーフェクトソングブック 1962-1970
これがビートルズだ (講談社現代新書)
超ビートルズ入門
全曲解説シリーズ(2) ザ・ビートルズ (全曲解説シリーズ)
ビートルズ全曲解説
ビートルズを笑え!
ビートルズ大学
入門 ビートルズドリル (地球の歩き方)
笊カ庫 ビートルズ全曲制覇 完結編
ビートルズ 愛の事典
ジョージ・ハリスン全仕事
ザ・ビートルズ大全
A Hard Day’s write―ザ・ビートルズ大画報
ザ・ビートルズ全記録〈1(1957‐1964)〉
ビートルズ事典
文庫 ビートルズの軌跡
ビートルズ学入門―ジョン・ポール・ジョージ・リンゴが教える自由な生き方
トゥモロー・ネバー・ノウズ―ビートルズ30年史
The Little Box of Beatles(4冊セット)
ザ・ビートルズ―ロックの革命児たち (火の鳥人物文庫)

関係者による伝記・メンバーの自伝・語録・インタビュー
ザ・ビートルズ / リメンバー ―親友クラウス・フォアマンが語る本当のビートルズ (ノーウェア/ザ・ビートルズ決定版シリーズ)
迷説?妄説?新説ビートルズ・ストーリー
ビートルズ売り出し中!―PRマンが見た4人の素顔
ビートルズ語録
ビートルズが愛した女―アストリット・Kの存在
ビートルズをつくった男―ブライアン・エプスタイン
ビートルズ独立時代―The Days After The Beatles 1970~1980 (ミュージック・ライフ復刻シリーズ)
証言!ビートルズとスーパースターたち―ビートルズをアメリカに呼んだ興行王が、今真実を証言する
エルヴィス・ミーツ・ザ・ビートルズ
ビートルズはこうして誕生した
シャウト!ザ・ビートルズ
ロスト・ビートルズ・インタビュー〈1〉ビートルズが語るビートルズ
ジョンがポールと出会った日 (ハッピー・ブックス)
リンゴ・スター―遅れてきたビートル
ジョージ・ハリスン自伝―I・ME・MINE
ジョージ・ハリスン
ジョージ・ハリスン―美しき人生

評論・エッセイ
ビートルズ―20世紀文化としてのロック (講談社選書メチエ)
ビートルズの研究―ポピュラー音楽と社会
ビートルズとは何だったのか (理想の教室)
ビートルズ アメリカ盤のすべて
ビートルズ』きたやまおさむ著
芦原すなおのビートルズ巡礼
ビートルズと60年代
ビートルズは眠らない
ビートルズの社会学
ビートルズ音楽論―音楽学的視点から
詩集
ビートルズ全詩集
ビートルズ作品読解ガイド
文庫ビートルズ全歌詩集 (ROCK文庫)

創作について・楽曲研究・使用楽器研究
ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実
ザ・ビートルズ・ベース ~マッカートニー・スタイル~
ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて
ビートルズサウンド大研究(上)
ビートルズサウンズの壷
ビートルズレコーディングセッション
Beatles gear―日本語翻訳版
イエロー・サブマリン航海記 ビートルズ・アニメーション全記録
ビートルズ&アップル・マテリアルwithブリティッシュ・ビートニクス
ホワイト・アルバムネイキッド―グループ終焉の出発点
ビートルズ/音楽理論教室
メイキング・オブ・サージェント・ペパー

来日回想録&ビートルズと日本について
ビートルズを呼んだ男―伝説の呼び屋・永島達司の生涯
ビートルズ・レポート―話の特集 東京を狂乱させた5日間
ザ・ビートルズ・イン・東京
ビートルズ日本盤よ、永遠に―60年代の日本ポップス文化とビートルズ
THE BEATLES IN TOKYO 1966
写真集 ビートルズ イン ジャパン 1966

写真集
長谷部宏写真集 THE BEATLES in MY LIFE (Shinko music mook)
神話 ザ・ビートルズの飛翔

その他
ビートルズからのラブ・レター―4人がやりとりした51通のポストカード POSTCARDS FROM THE BOYS
世界初!これがビートルズ・カヴァー決定版―ベンチャーズ、ビーチボーイズからエアロスミスまで2000曲大集決
Beatle vibrations―ビートルズのフォロワーたち (Ontomo mook)
ビートルズの歩き方―ロンドン編
ビートルズ心の旅―リバプール、ロンドン--運命の糸を探る

ジョン・レノンについては12月8日のページ、ポール・マッカートニーは下の方をご覧ください。
ジョン・レノン
『ヌートピア宣言マインド・ゲームス』

『あいすません』

どうしても小野洋子がからむのだ。ふう。「あいすみません」でないのがミソ。

12月8日 

ジョン・レノン
『イマジン』

『オーヨーコ』

ひたすら「お〜ヨーコ♪」だ。ここまであけっぴろげだともう言うことない。ヨーコを悪く言う人がいるが、彼女がいなければこの傑作アルバムは産まれなかったはず。もちろんこの後に続く数々の傑作も。ただしこのアルバムの中に表されるポールに対する敵愾心はちょっと鼻につくが。

12月8日 

ジョン・レノン
『平和の祈りをこめて』

『京子ちゃん心配しないで』

京子はヨーコの娘。前夫が連れ去り一時行方不明となったため、悲しんだヨーコが歌で娘にメッセージを贈った。超プライベートなメッセージソング。

12月8日 

ジョン・レノン
『ダブル・ファンタジー』

ジャケット写真は篠山紀信。リリース当時小学館から『写楽(しゃがく)』という写真雑誌が出されていて、篠山氏に撮影によるレノン一家の暮らし振りが掲載されていた。とても幸せそうだった。だがその直後にジョンが殺されてしまった。ショックだった。僕らの世代では初対面の人と話す時「ジョンが殺された日何をしていた?」というのが話のきっかけになる。

12月8日 

ポール・マッカートニー&ウィングス
『スピード・オブ・サウンド』
1976

『ワイノ・ジュンコ』

「酒呑みジュンコ」の歌。ボーカルは今は亡きギタリスト、ジミー・マックロウ。このアルバムからウィングスのメンバーが曲作りに大きくかかわり、ボーカルも務めているが、はっきりいってこれは凡庸な曲だった。

参考書は『だれも知らなかったポール・マッカートニー―ビートルズからウイングスへ (1975年)』、『ウイングスパン

Wings - Wings At the Speed of Sound (Remastered)

ポール・マッカートニー
『ポール・マッカートニー2』
1980

『フローズン・ジャップ』
ポール・マッカートニー公式サイト(英語)はこちら

ポールのソロアルバム。「ジャップ」は後に「ジャパニーズ」に差し換えられたらしい。日本で逮捕された事件後に発表されたので、ファンの間で物議をかもしたが、雑誌『ロッキンオン』のインタビューではフローズンは富士山の雪だし、ジャップは差別用語ではないなどと語っている。麻薬所持で警視庁に留置された事はスネークマンショーのネタにされたり、中島らものエッセイに爆笑話もあり、今やギャグとなってしまった。そのポールは今や「サー」の称号付きの貴族である。また、『カミン・アップ』のビデオクリップはポールとリンダがいろんなミュージシャンに変装してデジタル合成で登場する。その中のギタリスト(誰の真似か?)は日本語(不明だが「ックス」の文字がある)が書かれたTシャツを着ている。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060622

ポール・マッカートニー
『フラワーズ・イン・ザ・ダート』
1989

『マイ・ブレイヴ・フェイス』

ビデオクリップは日本人のマニアがベースを盗む話。ポールに関するものなら何でも収集する日本人が登場、いきなりテレビカメラに向かって日本語で話しかけるシーンで始まる。サザビーで買ったコレクション、クオリーメンのカードや映画の台本、サージェント・ペッパーの衣装や等を手に持って自慢するが、ポールの所有するあの有名なバイオリン・ベースまで欲しくなってしまい、とうとう倉庫に侵入して盗んでしまう。(雇った忍者が?)最後は日本の警官に捕まってしまうというストーリー。彼のコレクションした貴重な映像として、ビートルズ時代、ウィングスの映像、エルビス・コステロとのリハーサル映像など本当に珍しい映像が多数フラッシュバックで挿入されている。
My brave face paul mccartney flowers in the dirt clip

Paul McCartney - Flowers In the Dirt

ポール・マッカートニー
『ヤア!ブロード・ストリート』
1984

『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』 

『ヤア!ブロード・ストリート』という珍妙なタイトルの映画のサントラ版。TOTOのメンバー他豪華ミュージシャンが多数参加している。この曲は数バージョンあるが、ディスコ・バージョンのプロモは、ディスコでマイク片手に歌うポールの姿、各国のダンスの映像が含まれている。そのダンスの映像の中に、何故か日本の相撲の映像が!

参考書:『ポール・マッカートニーとアヴァンギャルド・ミュージック―ビートルズを進化させた実験精神』、絵本『あの雲のむこうに』、『ポール・マッカートニー―メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』、『イエスタデイ―ポール・マッカートニーその愛と真実』、詩集『ブラックバード・シンギング―ポール・マッカートニー詩集・詞集1965‐1999

Paul McCartney - Give My Regards to Broad Street (Soundtrack from the Motion Picture) [Remastered]


サントラ版
ボン・ジョヴィ
『7800ファーレンハイト』
『TOKYOロード』

イントロの『さくら』のメロディは日本のファンが贈ったオルゴールの音を題材にしたとのことだ。
日本のCM出演あり。

参考書ほかは『グレートロックシリーズ/ボンジョヴィ 全曲解説 (グレイト・ロック・シリーズ)』、『ボン・ジョヴィ (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)』、『ボンジョヴィ/終わりなき旅』、『ボン・ジョヴィ語録

Bon Jovi - 7800 Fahrenheit

 Bon Jovi - Tokyo Road

スコーピオンズ
『蠍団爆発!TOKYO TAPES』
『荒城の月』

日本ライブでこの曲を歌った(滝廉太郎の曲ですぞ。念のため)。観客も合唱した。(定番になったの?誰か教えて)僕は昔FM放送で聞いたが、クラウス・マイネは歌詞の「花の宴」の”え”の音を半音高く歌っていた。間違って覚えてしまったのね。ジャケットには下手な日本語の字で『東京テープ』とある。

Scorpions
ホワイトスネイク
『君が代』

ディープ・パープルのデビッド・カバーデイル率いるハードロックバンド。一時解散する時に名古屋で行われたサヨナラコンサートではエイドリアン・ヴァンデンバーグのギター演奏で観客が「君が代」を歌ったそうです。初期のベーシスト、ニール・マーレイはVOWWOWに参加していた。

Whitesnake

参考書:『ホワイトスネイク』、『』、『』

さすがに『君が代』が収録されたCDはないようですがこれはお勧め。
スティックス
『ミスター・ロボット』
『ミスター・ロボットMR.ROBOTO』

「ドーモアリガト、ミスターロボットまた会う日まで、いつの日か」という日本語の歌がボコーダー(声を電気処理でシンセ風に変えるもの)を通した声でくり返し歌われ、メイド・イン・ジャパンを揶揄した歌である。当時世界的に大ヒットした。マイク・マイヤーズ主演の映画『オ−スティン・パワーズ/ゴールドメンバー』はこれが中心ネタである。日本でのみ発売されたベスト・アルバムのタイトルは『REPPOO』で(烈風)と大書きされたジャケットだった。
Mr. Roboto

Styx - Styx: Greatest Hits - Mr. Roboto
デュラン・デュラン
『デュラン・デュラン』
1981
『グラビアの美少女(ガールズ・オン・フィルム)』

デビューアルバム。とてもヒットしたのだが、Hなビデオクリップで、おっぱいも露な美女たちがリングに登場し、泥レスしたりする。その中でスモウレスラーとまわしの美女が対決するシーンがある。しかもスモウレスラーは真っ赤な偽者だ(太った東洋人にまげとまわしでできあがり)。お〜い。

Duran Duran - Girls On Film


日本のCMにも出演
Duran Duran - Duran Duran - Girls On Film

ライブ情報


参考本:『デュラン・デュラン (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)
カルチャークラブ
投稿者1様よりの情報です。
「カルチャークラブの『WarSong(戦争のうた)』で終盤に「戦争反対」と日本語で歌います。
そのほかに、文化倶楽部の文字がでるビデオクリップ(たぶん)『ミス・ミー・ブラインド』にあった。」

ありがとうございました。

『ミス・ミー・ブラインド』にはミコさんという日本人女性も出演していて踊っています。「恋の盲目」という文字も見えます。ラストでは「メラメラと燃えている!」と叫んでいるそうです。ラブラブカルチャークラブというファンサイトで確認しました。


http://www.eva.hi-ho.ne.jp/~ikuro/cultureclub/


下のオフィシャルページではほんのさわり部分を見ることが出来ました。「大和屋」「文化倶楽部」の字が確認できました。出演しているのは何だかインドネシア舞踊の人たちみたいなんですが…。
公式サイトはこちら

参考書『ボーイ・ジョージ&カルチャー・クラブ―写真集

代表作はこれですね。

Culture Club - Colour By Numbers
TOTO

バンド名TOTOは、映画『オズの魔法使』に出てくる犬だとか、ラテン語で「全て」、スワヒリ語で「若いもの」を表すからとかの説があるが、僕が昔聞いた本当らしい説は、メンバーたちがまだバック・ミュージシャンとして活躍していた頃、ボズ・スキャッグスと来日した時、どこのトイレに行っても便器にTOTO(ようするに便器メーカーのロゴですね)と書いてあるのに強い印象を受けて付けたというもの。じゃあ、ことによっては『INAX』になっていたかも?。

Toto

名曲!”ギタリスト”ルカサーの歌がまたすばらしい。それとラスト、雨を避けてシンバル持って逃げる故ジェフ・ポーカロがかわいい。

 Toto - "I'll Be Over You" Music Video 1986

スティーブ・ルカサー単独ライブ決定! 音楽チケットなら@電子チケットぴあ
フランク・ザッパ
『ズート・アリュ−ズ』

フランク・ザッパが来日公演したのはたった一回なのだ!内田裕也様が呼んでくれたんだったよね。浅草に。
ザッパは「『モスラ』に出ている「双児の小さな女の子」(ザ・ピーナッツのことでしょう)に会いたがったそうだ。記者会見会場で花魁と一緒に記念撮影などしていた!その影響からか直後に発売されたアルバムのジャケットに「不乱苦雑派」「雑葉」の文字が。マニアにはおなじみ。
ザッパには他に「矢野顕子の声をサンプリングした曲がある(もちろん本人の了承を得て)」、「『俺たちは金のためだけにやっている』のジャケットにはザッパの友人の日本人カタオカさんが写っている」、「息子のロドン君はザッパが大好きだった怪獣ラドンにちなんで名付けられた」などのエピソードがある。

Frank Zappa

これは比較的聴きやすいほうの変態ミュージック。
 Frank Zappa - The Torture Never Stops

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060610

参考資料:『フランク・ザッパ自伝』、『大ザッパ論―20世紀鬼才音楽家の全体像』、『大ザッパ論〈2〉鬼才音楽家の足跡1967‐1974』、『フリーク・アウト―フランク・ザッパの生活と意見』、『ザ・リアル・フランク・ザッパ・ブック

クイーン

『オペラ座の夜』
『預言者の唄 The Prophet's Song』

クイーンの4作目の大ヒットアルバム。ブライアン・メイ作曲のこの曲では1974年に来日した際に、ファンから貰ったおもちゃの琴を弾いている。ブライアン・メイは本田美奈子のアルバムのプロデュースなどを手がけている。

『オペラ座の夜』は1975年暮れに発売されたが、当時最高の制作費がかかったとされる。『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)が入ったアルバムで、それまで日本ぐらいしか人気がなかったクイーンが一気に世界的なバンドに駆け上がるきっかけとなった。シングル『ボヘミアン・ラプソディ』は当時イギリスで9週連続1位を獲得。ギネス社が行ったアンケート「英国史上最高のシングル曲」では『イマジン』などを抑えて1位になった。僕はこの曲を初めて聞いた時、クイーンはもっとマニアックなプログレになる?と少し期待した記憶がある。その当時まさかこんなに高い評価を与えられることになるとは露ほども思わなかった!

 Queen - Bohemian Rhapsody



参考書:『クイーン ─ 全曲解説シリーズ』、『QUEEN of the DAYクイーン・オブ・ザ・デイ―クイーンと過ごした輝ける日々』、『クイーン詩集 完全版』、『クィーン・ヴィジュアル・ブック』、『クイーン (KAWADE夢ムック)』、『クイーン (地球音楽ライブラリー)』、『クイーン 果てしなき伝説』、『クイーン・ファイル (FILE SERIES)』、『まるわかりクイーン―The show must go on (シンコー・ミュージック・ムック)』、

クイーン

クイーン公式サイトはこちら
『華麗なるレース』
『手を取り合って』

デビュー時まだ英国でぱっとしなかった時代、日本での人気が彼らをとても力づけたというのは有名。その恩返しに日本語を使ったこの歌を作った。(訳詩:チカ・クジラオカ)
1970年代半ばのフレディー・マーキュリーはよくライブで着物(振りそで?)を着ていた。日本以外の国でも。

Queen

ブライアン・メイがピアノを演奏。日本公演なので日本語部分は観客も合唱!やっぱり日本語は歌いやすいね!
 Queen: Teo Torriate

こちらはポール・ロジャースと来た時。ブライアンのギター弾き語りで始まる感動もの。
 Queen+Paul Rodgers-Teo Torriate live

クイーン
『シアー・ハート・アタック』
『キラークイーン』

最初のスマッシュ・ヒット。歌詞に芸者ミナが登場する。

Tajimiさんより「クイーンの歌に出てくるゲイシャの名は「マイナ」と発音されていましたが、ミナのほうが日本的でいいですね。」

あっ、聞いてみたら本当に「マイナ」に聞こえています!僕がずっと「ミナ」だと思っていたのは楽譜の歌詞を見て思い込んでいたんですね。これは反省反省。でも「日本的でいいですね」とフォローしてくださって感激です!
Queen - Queen: Greatest Hits - Killer Queen

フレディ・マーキュリー

『La Japonaise』1988


『バルセロナ』
オペラ歌手モンセラ(モンセラート)・カバリェと共演。 親日家で知られるフレディが日本のことを歌った。「日本的」なメロディで「遠い国のあなたに魅せられて〜」「富士の雪・京都の雨・東京の夜」「希望・光・夢」などとくりかえし、日本語が半分くらい使われている。『ベスト・オブ・フレディ・マーキュリー』にも収録。

 Freddie Mercury - La Japonaise ( A Capella)

フレディは日本が大好きで、プライベートで何度も日本に訪れている。
『ロック豪快伝説』という本によれば、買い物だけに来たりすることもあったらしい。彼のイギリスの屋敷には15メートルの池があり、何十万もする錦鯉が何匹もいたそうだ(生きた魚は輸送が大変なので、実際はもの凄い費用がかかっているはず)。「最愛の恋人」が綴った『フレディ・マーキュリーと私』にも日本への旅行での出来事が書いてあった。その他参考書には『フレディ・マーキュリー―華麗なるボヘミアン・ラプソディ』、『フレディ・マーキュリーア・ライフ、イン・ヒズ・オウン・ワーズ』、『フレディー・マーキュリー 華やかな孤独』など。

スティービー・ワンダー
『シークレット・ライフ Journey Through The Secret Life Of Plants』
1980
『愛の園』

美しいバラード。オリジナルも日本語で歌っている!
Stevie Wonder - Journey Through the Secret Life of Plants - Ai No Sono
西城秀樹がカバーしてた。
スティービー・ワンダーはアメリカでもCMには出ないとのことだったが日本のコーヒー「ファイア」の曲も提供し出演もしている。かつて一番尊敬する音楽家は富田勲と答えていた。伝記に『スティービー・ワンダー 心の愛』、詩集『スティービーワンダー詩集』がある。

Stevie Wonder - Songs in the Key of Life
シークレット・ライフ

で下は西城秀樹。
ブルー・オイスター・カルト
『スペクトルズ』SPECTRES
ゴジラ
「ゴジラ、東京の町を踏み潰せ」という歌詞が過激だ。ライブでは映画の例のアナウンサーの台詞を模したMC「臨時ニュース ヲ モウシアゲマス〜」が入り苦笑させられる。

Godzilla - Blue Oyster Cult
暗黒の狂宴~ライブ
ライブ盤もちゃんとやってる!

Blue ?yster Cult
キャメル
『Oの肖像NUDE』

イギリスのプログレバンド。Oとは小野田寛郎(ルバング島で終戦を知らずに30年近くジャングルに潜んでいた元軍人)のことで、彼の半生の物語をテーマにしたコンセプトアルバム。演奏力はブリティッシュプログレの中でも高く、しかも叙情的な曲想は聴きやすい。キャメルはユニオシの大好きなバンドで、『スノー・グース(白雁)』もお勧めです。

Camel - Nude
ヌード

ベスト版のジャケットには↓富士山。
ユートピアトッド・ラングレン
『太陽神(RA)』
『ヒロシマ』

タイトルの広島だけでなく長崎も並列して歌っている。強いメッセージ性を持った一曲。ライブではストロボが光るなど凝った演出で演奏される。トッドはミュージシャンが惚れるミュージシャンで、高野寛やレピッシュといった、日本のアーティストに乞われてプロデュースも手がけている。一時トッド日本永住説があったがどうなったのかな? 参考書は日本のミュージシャンたちがトッドについて語ったガイド本『全能の人 トッド・ラングレン』がある。初めて聴く方へのユニオシのお勧めは初期のベスト版『シングルズ』と『ラント